すごくエッチな寝取られ体験談と萌えた体験談

寝取られ体験談を中心に痴漢体験、人妻体験などの萌えた体験談を紹介します。このブログだけのオリジナル体験談も随時紹介していきます。

カテゴリ: 女学生との体験談

中学生の頃、僕は変態として学校では通っていた。
そんなある日僕は決心した。「盗撮するぞ」と。僕が通っていた学校ではプール用の
更衣室があって、そこで着替えるのが普通だった。
私学だったためカーテンで仕切られ個室になっていてシャワーが付いていた。
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当時、俺23才、大学留年中、フリー。
彼女19才、彼氏あり。

・出会い?
初めて彼女の存在を知ったのは、隣の部屋からのあられもない声でした。
「あぁんっ!あぁんっ!あぁんっ!」
隣の部屋のベッドが、うちの部屋側に置かれていて、まさか隣人に聞かれているとは思っていないような乱れっぷりです。 【続きを読む】

あれは高三の夏休みが終わってすぐの出来事だった。

俺はなんと学級委員に選ばれてしまった。

ペアを組む英子は見るからに委員長タイプの子で、 真面目で物静かな子でした。

夏休みが終わったあとに改選された各委の人たちの名前を、 大判用紙に書いて掲示するのが、 最初の学級委員としての仕事だった 俺はサッカー部、英子は陸上部で部活をしていたので、 部活が終わったあとにその仕事をすることになった。
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この前の週末、友達カップルとスワッピングみたいになった。友達カップルの男の方は、俺の高校からの友人で秀夫と言う。親友と呼べる仲だ。秀夫の彼女は麻美ちゃん。大学で秀夫と出会って付き合い始めた。

秀夫はそれほど男前ではないが、もの凄く気の良い男で、誰でも好感を持つタイプだ。ずっとラグビーをやっていたので、ガタイはとにかくいい。麻美ちゃんは、秀夫と並んでいると子供に見えるくらい小柄で、ロリキャラという感じだ。胸もぺったんこで、ツインテールがよく似合う感じだ。でも、見た目に反して、けっこう毒舌で下ネタ好きなのが面白いなと思う。

そして俺は、まったく特徴のない脇役タイプの男だ。中肉中背で、なんでもそれなりに器用にこなす方だ。
最後に、俺の彼女の志保は、肩までの黒髪がとても綺麗で、眼鏡がよく似合う真面目な雰囲気の女の子だ。でも、真面目な雰囲気に似つかわしくない巨乳で、エッチが大好きという、男の願望を具現化したようなキャラだ。 
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妻の優奈は中学の1年後輩で、めっちゃ可愛い学校一番のアイドルでした。
私と同学年にも凄い清純派美人がいて、優奈と共に学校の人気女子二大巨塔を形成していました。
でも私は当時、可愛い優奈のファンではなくて、同学年の清純派美人のファンでした。
当時の私は、その清純派美人には美しさだけでなく、中学生とは思えない女の色気を感じ、心だけでなく下半身への疼きにもやられており、彼女を想ってオナニーしていました。
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横浜から東京行きの満員電車に乗ると、俺の前に窓の外を向いて立っている清楚な女子大生風の女性がいた。 
彼女は昨日もこの電車で見かけた。 
品川駅で下車し山手線の外回りに乗り換え五反田で降りたので、おそらく聖泉女子大に通っているのではないかと思った。 
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高1の時、俺のクラスの女子の中に、援交してる奴らが数人いて、平気で休み時間とかに、それを匂わす会話を仲間内でしていた。
 
俺はそれを盗み聞きしながら、欲望が膨らんでいった。
ドキドキして授業が手につかず、家に帰ると速攻オナニー。
童貞の俺には、あまりにも刺激の強い会話だった。
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昨日、バイト先の先輩たちのお別れパーティーがありました。

パーティーが終わって、酔っぱらったので家に帰ろうとしていたら、敦子先輩に呼び止められました。

敦子先輩は三歳年上で、かわいいし、胸も大きいし、お尻の形もかわいいし・・・バイトを始めてすぐから憧れの人片思いの人で・・・いつもオカズにしてシコッていました。
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大学1年の時に住んでたアパートの隣の部屋の静子さんは、俺の初体験の女性。

静子さんは2年先輩の3年生だったけど、引っ越した日に挨拶に行ったら小さい女の子が出てきて「あの、お母さんいますか?」と言って大笑いされて打ち解けた。

静子さんの身長は147cmしかなくて、顔も子供みたいだった。
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それは大衆居酒屋での出来事でした。
そこの店は値段も安く料理も美味しいとのことで、いつも結構込んでいて、特に若いお客さんが多い店でした。

いつものようにその店のカウンターで鶏皮と塩辛を摘みに飲んでいると新客が入ってくるのがわかりました。
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北海道在住の自分は子供の頃、大の鉄道ファンで、幼少期にはよく鉄道見学をしたり、プラレールやスーパーレールなどの玩具で遊んだり、鉄道関連の書籍を読んだり、写真を撮影したりしていた。

特に幼稚園時代には近くの大工場の引き込み線の踏切で貨物列車の入れ換えに狂喜していて、踏切警手のおじさんたちの名物にもなっていた。
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