───その日が近づくにつれ、俺は人生最大の緊張感に押し潰されそうだった。

死体の解剖やお産の立ち会いなどはゲロもんだったが、今度のはワケが違う。
出張定期健康診断の実地研修で、あの××音楽大学に割り当てられたのだ。
講義中に配られたそのプリントを見ながら、心の中でガッツポーズをとった。
採血、検尿、胸部X線、身体測定など色々あるなかで、俺の担当はなんと聴診!
・・・嗚呼、こういうのを待っていたのだ。
医者の道を選んで本当に良かった・・・。

家に戻り、おさまらない動悸をタバコで落ち着けながら、あれこれ考えを巡らした。
これほど恵まれた機会は二度とないだろう。脳裏に焼き付けなければ。

ちなみに当日の段取りは、小部屋を仕切り板で2空間に分け、一人が聴診を受けるあいだ、もう片方の空間で2人が服を脱いで待機するカタチらしい。
それから、受け付け係みたいな事をその大学の生徒さんがやるらしい。

名簿のチェックや小部屋に入ってからの段取り(上半身の衣類を全部脱いで、椅子に座って待つ)を生徒に教える役だ。
ただし、それは出入り口の外の廊下でするとのこと。
つまり、聴診してる時は完全な1対1。密室のシチュエーションになる。
待機してる娘から見えるかもしれないが、その辺は当日行ってみないと分からない。
まぁ、仕切り板をうまく調節すれば大丈夫だろう。

それからというもの、夜通しイメージトレーニングと模擬練習を繰り返した。
まず仕切り板の向こう側から生徒がおっぱいを露わにした状態で入ってくる。
ただ、この時はさすがに腕で隠しながら来るんじゃないだろうか。
で、俺が男という事で警戒するかもしれない。
ここはまず、徹底して素っ気無い態度をとった方がよさそうだ。

「俺は医者。お前のおっぱいなんかにゃ興味がないんだよ。さっさと済まそうぜ」という素振りで。

この時点で顔を凝視するのはさすがに難しいだろう。
顔を脳裏に焼き付けるのは後回しにしよう。
さて、いよいよ聴診。やっぱここでしょ。

心音に耳を傾けているフリをしながら、おっぱいが目に焼きつくまで静止。
視線をおっぱいに送ってないような目つきを鏡で何度も練習した。多分大丈夫だろう。

次に背中を向いてもらう。
この時は悟られる心配もない。
俺は背中フェチだし、心ゆくまで堪能しよう。
スキあらば顔をギリギリまで近付けたりして。
うぶ毛も焼き付けときたい。
息は止めてないとまずいだろうな。
で、診察結果を記入して渡す。
顔を拝むとしたらこの帰り際がいいような気がする。
この時なら目が合ってしまっても大丈夫だろうし。
オッパイ、背中、顔の順で脳裏に刻もう。うん。

そんな感じで悶々と1週間を過ごした。
他の事はなんにも手につかなかった4月18日。
その日がやってきた。

現地に到着した時は、まばらながら登校中の生徒がキャンパスを歩いていた。

今、目の前を通り過ぎてゆく娘。
いずれ俺の前でおっぱいを曝け出す運命にある。
この娘も、この娘も。なんかみんなカワイく見える。
もうさっきからずっとチンコはピンコ立ち。痛い。
こんなに勃起してるのは初めてだ。こわい。

受け付け係の生徒さんと合流し、早速部屋へ案内してもらった。

2階、15畳くらいだろうか。
グランドピアノがある。
レッスン室みたいな感じだ。
仕切り板も2つ、すでに用意されていた。
受付係の人と一緒にセッティングする。
俺の使うテーブルと椅子も設置。
待機する側からは全く見えない。
完璧だ。

あとは待機する側にパイプ椅子を並べ、準備完了。
筆記具や聴診器をテーブルに出して腰を下ろし、もらった名簿と予定表に目をやった。

健康診断は、今日から21日まで4日間に分けて行われる。
初日は1年生、2日目は2年生・・・というところまでは事前に知らされていた。
しかし、いざ今日になって詳しい予定表を渡されると、ますます興奮度が高まる。
やっぱり女子が圧倒的に多い。さすがは音大。
ピアノ科の一年なんて、男子が2人しかいない。

名簿もザッと見てみる。
今はどこの誰だか分からないが、これから顔と名前が一致していくわけだ。
さらにオッパイも一致する。
なんてことだ。なんてことなんだよぉ~!!
はぁ、感無量。
一人一人、忘れないようにしよう。
脳みそに刻もう。
これからの一秒一秒を大切にしよう。

チンポは立ちっぱなしながらも、心を静かにさせ、時を待った。
午前は、まず声楽科からだ。
女子121名、男子13名。

「じゃあ始めますのでよろしくお願いしますー」

受付係から声がかかった。

生徒が入って来たようだ。
ひそひそ話をしている。

「服どこに置くの?」
「ピアノの上でいんじゃん」

・・・仕切り板の向こうではもう始まっている!
“聴診ショー”は幕を開けたのだ!

心臓がバクバクする。苦しい。チンポが痛い。

───なにやらテレ笑いのような声が聞こえた直後、一人目が姿を現した。

「・・・あ、どうぞ」

そのひと言を振り絞るのが精一杯だった。
目線は真っ直ぐ向けられなかった。
近付いてくる。
なんか白い。肌が白い。
上がハダカなのは分かる。
俺の前に座った。
ピアノの丸椅子だ。
そんなことはどうでもいい。

「え・・・と・・・」

もはや頭の中は真っ白になっていた。

───紙を渡された。

これに結果を書くのか?
で、何だっけ?・・・そうだ、聴診器!
落ち着け落ち着け、そうそうそう、心音を聞けばいいんだ。
これでいいんだ。

でもなんかバツが悪い。
不審に思われたんじゃないだろうか。
なんかヤバイ。とんでもない行為をしてる気になってきた。
神様ごめんなさい。スケベでごめんなさい。
もう不埒な気持ちは抱きません。

「じゃあ、背中を向けて下さい」

いま一度、声を振り絞った。

オッパイを脳裏に焼き付けるどころではない。
この娘から不審に思われて、変態呼ばわりで、医大まで退学になるんじゃないか・・・。
とにかく、悪い事をしているような衝動が襲い、パニックになってしまった。

───「はい」

彼女は、しかし素直に従ってくれた。
そして後ろを向きかけの頃、俺はやっと顔を上げる事が出来た。
彼女の横顔が目に入った。
テレ笑いのような表情を浮かべていた。
よかった。不審には思われてない。
そうなんだ。別に悪い事をしてるわけじゃない。
普通にやればいいんだ、普通に。

彼女の背中を見ながら、落ち着きを取り戻していくのが分かった。
ブラジャーの跡がくっきり付いている。
で、白い。やっぱり白肌だ。
さて、異常なし、と。
だいたい聴診で異常が見つかる事なんて滅多にない。
簡単な研修だ。余裕余裕。

「ありがとうございました」

彼女は俺の手渡した紙を両手で持ち、それを胸に当てがい、照れくさそうに、小走りで仕切り板の向こうへ消えていった。

───カワイイ。カワイイ娘だった。

オッパイはどんなだっけ。
そんなに大きくなかった気がする。
背中のブラの跡だけは覚えている。
あと白肌も。やっぱり肌は白い方がいい。
それにしても長かった。
何時間にも感じた。
でもまだ始まったばかりだ。
実際は1分くらいしかたってなかっただろう。
声楽科の一年生だけでもあと120人。
落ち着こう。頑張ろう。

半ばボーっとしてる間に、次の娘が顔を出した。
ハッとさせられた拍子に、目を合わせてしまった。
やばいっ、ヘンに思われただろうか。

───「よろしくお願いします」

彼女は、テレくさそうに笑いながらそう言った。

よかった・・・。だいぶ落ち着いてきた。
茶髪が肩までかかっている。
キリッとした感じの娘だ。
彼女は俯き加減。
で、座高が低いのか、顔が俺よりかなり下の位置にある。
聴診器を当てがてら、オッパイを直視してみた。
大丈夫だ。彼女は気づいていない。
小ぶり。カタチはいい。乳輪が小さい。乳首は色が薄い。
さっきの娘よりは白肌じゃない。
なんかものすごく冷静さを取り戻していた。
模擬練習を繰り返した成果だろうか。
そして背中を向いてもらいながら、ひとつ閃いた事があった。

(この娘が済んだら、俺の椅子を高く調節し直そう)

不安でテレ臭いのは彼女たちの方だ。
2人目にして、そう確信を持った。
俺が緊張する必要などどこにもない。
どっしり、医者として診察すればいいだけのことだ。
そしてテレている彼女たちは伏し目がちになるハズ。この娘みたいに。
それなら、こっちがなるべく高いところから見下ろす視点にすれば、気づかれずにオッパイを楽に凝視出来るぞ。
この娘も実際成功したし。彼女もまたブラの跡がついてるなぁというのを確認しながら、そんな次なる策を練っていた。
本番は3人目からだ。落ち着こう。
脳に刻み込むことだけに集中しろ!

───椅子の高さの調節に苦しんでいる間に、3人目がやってきた。

俺は焦っていた。
どうやって高さを変えるのか分からない。
どうしようと思っていると・・・

「あ、それは・・・・」

彼女が寄ってきて、なんと俺の代わりに操作してくれたのだ。

彼女「どれくらいに・・・?」
俺 「ああ、一番高く・・・すいません」
彼女「いえいえ」

・・・いい娘じゃないか。
再び俺は罪悪感にかられた。

彼女はあまり羞恥心がないのか、俺の方を真っ直ぐ見る姿勢で聴診を受けた。
それに加えて、ますます募る罪悪感。
ついに彼女のオッパイを直視することは出来なかった。
なんてヒドイ奴なんだ、俺は。クズ!俺はクズだ!
ごめんなさい、君。親切にしてくれた君。

───グルグル、グルグル、回っていた。

俺の中で、天使と悪魔が戦っていた。
俺の目はただのレンズだ。
そしてフレームに入ったものをすべて頭に記録する。
それだけに集中する。
一週間前から特訓を積み重ねてきたじゃないか。

しかし。
いざこの状況に立ち尽くすと、みるみる決心が揺らいでしまう。
彼女たちは、とにかく素直に応じてくれているというこの現実。
いまのところ一人の例外もない。
イヤな顔も全くされない。

「よろしくお願いします」
「ありがとうございました」

この言葉が、やけに心に染み入る。
みんな礼儀正しい。
俺をいっぱしの医者として見てくれている。
なんとありがたいことか。

彼女たちの健康状態を診察する。
この仕事をまっとうすることこそが一番の喜びじゃないのか?きっちり仕事をこなし、終わってから充実感にひたる。
それでいいじゃないか。
よこしまな気持ちでやれば、後でうしろめたさが残る。
俺はそれに耐えられるのか?
邪念をふっとばして立派な医者を目指す。
その方が幸せに決まっている。

───どれだけの人数をこなしただろうか。

2人目の時に気が付いていたのだが、診察の順番は特に決まっていないらしく、要するに、今の声楽科一年の時間帯なら、該当する生徒が早い者順で受けるという感じらしい。
他の身体検査や検尿、採血など、おのおの好きなところから行っているようだ。

で、だんだんと間隔が空きだした。
その時を見計らってか、男子がやってくる。
俺はオッパイの見過ぎでかなり頭がボーッとしていた。
男が来たからといって、ガッカリな気分になるわけでもない。
淡々とこなすだけだ。

ただ、一つ気付いた点がある。
男子の方は、なんというか、礼儀がなってないのだ。

「ありがとうございました」を言わない人も多い。

女子ではほとんどが言ってくれたと思うが。
もちろん男が全員そうというわけではないけど。

そうこうするうち、なにやら元気な女子の一団がやってきた。
何人のグループかは分からないが、とりあえず3人だけが部屋に入ってきたようだ。
テンションがやたら高い。
声楽科だからというわけでもないだろうが、笑い声がやたらとデカい。
外の廊下はまたそっちだけで盛り上がっている。
なんか騒然としてきた。
こういうテンションは苦手だ。
久しぶりに不安と緊張がこみ上げてきた。

早速その中の一人がやってきた。
俺の顔を見るなりギャハハと笑い出す。
わけが分からん。
俺の前まで歩いてきて、椅子に腰掛けるまでのしぐさが、体育会系の男というか、妙に好戦的だ。
そして、聴診の間も視線を感じる。

こわい。
結局一度も彼女の目をみる事ができず、振り出しに戻ったかのようだった。
事件はその娘が部屋を出た直後に起こった。

俺は、その“元気な集団”の2人目を診察していた。
服を着終わった一人目が部屋を出るらしいのが、雰囲気で分かった。

そして、廊下に出るなり、強烈にデカイ声で・・・

「診察する奴、男だぜ、男!」
「えーーーーっ!!!」

「しかもメガネかけた暗そーなの」
「やべーよ」

「チチ見られちったよ!」
「マジで?!金もらえよ!」

「オレのチチなら10万?ギャハハ!」

途中で神経がぶち切れたので、正確な会話は覚えていない。
でもこんな感じだった。
もちろん女子生徒同士の会話だ。
・・・これほど憤慨したのは初めてだった。
今どきの若い者に対して、激しく嫌悪しているオトナの気持ちが分かった。
きっとこういう場面に出くわしたんだろう。
その時に聴診を受けていた仲間の娘は、これまた申し訳ないそぶりも一切なく、終始ムスッとしていた。
で、一人、また一人と廊下に出るたび、俺の事をネタに散々盛りあがったあげく、嵐のように去って行った。

───また一瞬の静寂が訪れた。

なんというか、消え入りそうな気持ちと裏腹に、煮えくり返るような気分が俺を襲った。
そりゃ、俺はモテないよ。
童貞じゃないけど、ここしばらくは彼女もいない。
そして溜まっていた鬱憤を晴らそうと、今日の日を楽しみにしていたよ。
確かに屈折していた。
この一週間は悪魔に取り憑かれたようだった。
でも今日この日、誠意のこもった音大生さんたちに接する事で気が付いた。
遅まきながら、ギリギリで良心に目覚めた。
医者としての自覚を持った。

それが・・・それが・・・このムカッ腹はどう静めればいいんだ!!

気持ちの整理がつかぬまま、次の人が部屋に入ってきた。
1人のようだ。多分男子だろう。
女子なら必ず2、3人で来るし。
ちょうどいい、この辺でワンクッション置けば、少しは落ち着けるハズだ。

・・・ところが、仕切り板の向こうから意表をつく人物が現れた。

例の受付係の娘だ。
声楽科の一年生だったのか。
ドキッとしながらも、表面は平静を保つように心がけた。
彼女が寄ってくる。
腰掛け、紙を俺に渡す。

───俺はまだ引きずっていた。

あのムシャクシャがすぐにおさまるはずもない。
そうだ。こいつのカラダをじっくり観察してやろう。
どうせ俺はこんな奴だよ。
俺みたいな奴から、たっぷり視姦されるんだ。
ざまあみろ。

聴診器を持つ。
彼女は視線を下に向けている。
よっしゃ、いい子だ。
まずはオッパイをとくと拝見させてもらおう。

・・・その時。
おもむろに彼女が顔を上げた。

「あの、ごめんなさい。さっきの人たち・・・」

彼女は、さも自分がやった事かのように、シュンとしながら謝ってきた。

「あ、いえ別に・・・」

彼女の唐突な行動に、俺はこれだけしか答えられなかった。

沈黙。
重たい。
空気が重たい。

背中を向いてもらっている時、さらに彼女が話しかけてきた。

「大変ですね」
「あ、いや、そちらこそ。ホントに・・・」

もう頭の中はグチャグチャだった。

情けない。俺は情けない。
ごめんなさい。俺の方こそごめんなさい。
君みたいな娘に八つ当たりしようとしました。
君みたいな娘にゆがんだ欲望をぶつけようとしました。
ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・。

彼女の背中を見つめながら、涙が吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

「ありがとうございました。頑張ってください」

最後にそう言われ、また泣き出しそうになった。

「はい」

涙をこらえながら、素っ気なく答えるのが精一杯だった。

俺みたいな奴の事を気遣ってくれてありがとう。
こんな、性根の腐った、腹の底でおぞましい考えを抱いていた、ゲスでカスな、こんな俺に・・・。
君のお陰で心が洗われたよ。
まっとうな神経が蘇ってきた。
本当にありがとう。

───どれくらい経っただろうか。

もう長いこと誰も部屋に入ってこない事に気付いた。
ふと時計を見る。
11時17分。
予定表に目をやる。
声楽科一年は11時までとある。

そうか、あの娘が最後だったんだ。

名簿を見ると、まだ10人以上にチェックが付いてなかったが、欠席なんだろうか。
まあいいや。次は11時30分からで、器楽科の一年生。
とにかくノドがカラカラだ。
急いで何か買ってこよう。

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