現在、離婚した妻の母親と関係を続けています。
16年前、前妻と結婚しましたが、母一人子一人の境遇で、また、とりあえず住む所もなかったので、妻の実家で新婚生活をはじめました。
当時、妻は22歳、義母は43歳でした。
しかし、1年もしないうちに、私と義母はことごとく意見が合わないようになり口喧嘩が絶えず、さらにお互いに顔を合わすことも避けるようになりました。
収入も決して多くなく、実質養子の身としてもこれはたまらないと思い、別居の計画も進めていました。

ところが、妻が風邪をこじらせ入院したところ、今で言う院内感染により別の感染症に罹患し、3週間ほど後に退院したときには妊娠の望めない体になっていたのです。
しばらくは何も手がつかず、妻にはできるだけ優しく接していましたが、義母との折り合いはさらに悪化の一途をたどりました。

ようやく気を取り直して、前向きな生活を始めようと、新婚旅行以来の旅行と近くのアパートへの別居を決めていたところ、妻と義母が思いもかけぬことを言い出したのです。
子供の産めぬ妻に代わりに、まだ妊娠の可能性の残る義母が私の子供を産み、私達夫婦の子供として育てようというのです。
私は一笑に付しましたが、二人は真剣でした。
1週間、毎晩話し合いました。
二人は懇願し、時に泣き、時に喚き散らしました。
あまりの熱心さに根負けして、人工授精のために自分の精子を提供すことを絶対に他人に知られないように、信頼できる産婦人科医を探すように言いました。

ところが、二人はとんでもないことを言い出すのです。
人工的な方法は不安で、どんな危険があるかわからないので、自然な方法で妊娠を試みたいと言うのです。
私は拒絶しました。
また毎晩、議論と懇願、口論と号泣が繰り返されました。
誰に相談するわけにもいかず、三人だけの閉塞された環境に自ら陥ってしまった私達にまともな思考はできません。
私自身、是が非にも子供が欲しい、他に方法はないと思い込み、また、義母と交わるようになれば少しは折り合いも良くなると、妙に実利的な判断を交え引き受けてしまいました。

翌日の晩から義母と交わりました。
その日は少し遅い夕食を三人でとりましたが、ぎこちない雰囲気でした。
11時に義母の寝室に行くことに決め、いったん夫婦の部屋に戻りました。
私達夫婦もほとんど話はせず、長く感じられる時を無為に過ごしました。
また、義母と上手く交われるか不安もありました。

義母は結構美しい人で、プロポーションもこの年代としては随分良いほうでした。
しかし勝ち気で、何事も几帳面で、外面が良く、何でも1人でやってきたという自負の見え隠れする態度には鼻持ちならぬところが元々あり、万事控えめ、おっとりタイプの私とは正反対でした。
このような義母とセックスができるか、また失敗したら、どんなことになるか不安でした。

11時になり、階下の義母の寝室へ向かいました。
部屋に入ると、義母はぎこちない笑みを浮かべて私を迎えました。
豆電球一つの灯りの下で、義母は淡い水色の長襦袢様の寝巻の前を開いて寝床に仰臥しました。
下着は着けていません。
私も着ていたパジャマを脱いで裸になり、義母の隣に横になりました。
義母は片手で顔を隠すようにし、もう一方の手は開いた寝巻の裾の方を握り締めています。
気まずい雰囲気のなか、しばらくそのままでいました。
義母の方から化粧水と石鹸の残り香が届きます。

私は勇気を振り絞って手を伸ばし、義母の乳房を探りました。
義母は一瞬身を固くしたようですが、なすがままです。
ついでキスをしようと唇を求めました。
しかし義母は顔を背け、手で覆って許そうとしません。
義母なりの娘である妻への気遣いなのかもしれませんが、私としてはひどく自尊心を傷つけられた気がしましたが、かえって吹っ切れました。

首から下の上半身を隈なく唇と舌で責め立て、妻より重量感のある乳房を揉み、こね回し、すでに勃起している乳首を音を立てて吸いました。
義母は時折、「すー」とか「ふー」とか息を洩らしますが、声は発しません。
濃いめの陰毛を撫で、股間に手を伸ばすと結構濡れています。
クリトリスを探ると、脚を閉じようとします。
本能的な動作なのでしょうが、その時の私はそう取りませんでした。

(どうしても子供が欲しいと言うから、やりたくもないセックスをしてやっているのに、カッコつけなくてもいいじゃないか)

一瞬、そう思いました。
一種の屈辱に似た感情を振り払うつもりで義母の脚をこじ開け、必要以上に開かせ、クリトリスと膣口を指で弄り回し、そのまま挿入しました。
腰を振り立てると義母は、「うぐ、うぐ」という押し殺した声を洩らしますが、どの程度感じているのかわかりません。
5分ほどで果てましたが、義母が気をやったかどうかもわかりませんでした。
体を離して、しばらくそのままでいました。
妻とするような後戯をしようという気にはなりません。

少し落ち着いたのか、義母は私の精液を体の奥へ送ろうとするかのように、腰を数回ブリッジのように持ち上げた後、体を起こしました。
それから、ティッシュペーパーで自分の性器を拭い、その紙を股間に挟んだまま私のモノを拭ってくれました。
義母としては精一杯の好意とサービスだったのでしょうが、結婚前、職場の温泉旅行の際に買った中年の娼婦のことが思い出され、一挙に嫌悪感が湧いてきました。
そこそこに義母の部屋を出て、私達の部屋に戻りました。

妻は、私が朝まで義母と過ごすと思っていたのか、早く戻った私を見て驚いていました。
もちろん、義母とのセックスの中身など話すわけにもいかず、そのまま布団を被りましたが、寝付けず、嫌がる妻を組み敷き、なぜか泣きながら交わりました。

その日からほぼ毎晩、義母と交わりました。
しかし、妊娠のみを目的としたセックスを続けることは、やはり無理がありました。
妻の気持ちや無言の牽制もあります。
義母との性交渉を重ねても、寝室の重苦しい空気は変わりません。

義母は相変わらずキスを拒み、私の体に腕を絡めることもなく、声も押し殺したままでした。
下着に手を触れさせることもなく、私が部屋に入ると、初めての晩と同じく自分で寝巻の前を開いて体を晒すだけです。
そして絶対に袖を外しての全裸にはなりません。

ほとんど正常位でしたが、妊娠しやすいと聞き、腰を高く持ち上げた後背位でも3、4回に1回ほどは交わりました。
その際は、一通りの前戯が済むと、義母はよろよろと四つん這いになり、腰を持ちあげると両手で寝巻を捲り上げ、尻を突き出すのです。
結局、私は本当の種馬に成り下がった気分でした。
セックスにより義母との折り合いが良くなるとの見込みも的外れでした。
最初のうちこそ双方気遣いし合っていましたが、妊娠への期待のみが先行して神経が高ぶるのか、かえって口論が絶えなくなりました。
皮肉なことですが、義母と喧嘩せずにすむのは、味気なく、砂を噛むようなセックスの間だけでした。
結局、三人とも顔つきが変わるほど精神的にまいってしまい、妊娠できぬまま4ヶ月ほどで私が家を飛び出し、1年後に離婚となりました。

その後は当然のことながら音信不通でしたが、3年前偶然街で義母と再会し、ぎこちない世間話をして車で送っていくことになりました。
離婚後、程なく私は再婚し、3児の父となりました。
義母らは遠縁の男の子を養子にしたとのことでした。

途中、何か妙な気分になり、車をホテルに乗り入れ、部屋に引っ張り込みほとんど強引にしました。
後で聞くと、私とのことの後、ある商店主の後添いの話があり、その男と4、5回性交渉も持ったが、娘である前妻にも色目を使うようになり、その男と別れて以来のセックスとのことでした。

それからというもの月に3回程度、義母を呼び出してセックスに耽っています。
昔と違って、フェラチオもやれば、肛門性交もするすさまじい熟女で、獣のような声をあげ続けて交わっています。

ただ義母はまだ月のものがあり、用心のために生での中出しは許してくれません。
以前、あれだけ子供を欲しがり、私達の人生が変わってしまったのですから、「万一授かったら、産めばいいじゃないか。認知してもいいから」と言っていますが、彼女は「もうあのことは言わないで」と少し寂しそうな表情で答え、白髪が目立つようになった頭を近づけ、器用に口を使ってコンドームを装着してくれるばかりです。

実の血族間のセックスに向かい合っている方からすれば、単なる熟女好みと思われるかもしれませんが、疑似近親相姦としてご容赦ください。

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